航海日誌


by pacific_project
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カテゴリ:読書( 11 )

 すこし前のことになるが、文庫になった小川洋子「博士の愛した数式」を読んだ。小川洋子の小説を読むのは10年ぶりぐらいで、最後に読んだ「密やかな結晶」を最高傑作であると漠然と考えていたが、今回でその評価は完全に覆された。第1回本屋大賞を受賞した話題作で、確か王様のブランチなどで紹介されていてなんとなく読まずにいたのだが、確かにこれは傑作だ。
 よいところはすでに多くの読者に語り尽くされているだろうが、自分にもいいなあと感じた箇所があったので、長くなるが引用する。博士、主人公の「私」とルートがプロ野球観戦に行くシーンに登場する、完全な脇役である阪神タイガース・亀山ファンの男の描写だ。

 しかしその時そこにいた誰よりも独特な喜び方をしていたのは、金網にしがみ付いている亀山ファンの男だった。二十代らしい若者だったが、作業着の上に亀山のユニフォームを羽織り、腰に携帯ラジオをぶら下げ、とにかくひとときたりとも金網に絡ませた十本の指を解こうとしなかった。広島の攻撃中にはレフトの亀山に視線を送り続け、彼がウェーティングサークルに姿を見せただけで興奮し、打席に入っている間中、名前を呼び続けた。時には激励風に、時には哀願調に声の感じを変化させながら、一ミリでも本人に近づこうとするかのように、おでこに網目模様ができるのも構わず、顔をぐいぐいと金網に押しつけていた。相手選手を野次ったりはせず、亀山が凡退しても愚痴やため息さえもこぼさず、ひたすら男が発する言葉はただ一言、「亀山」のみだった。その一言に魂のすべてを注ぎ込んでいた。
 だから亀山がタイムリーヒットを打った時には、失神してしまうのではないかと皆心配し、実際彼の後ろに座っていた誰かが、思わず背中を支えようとしたほどだった。打球はすばらしい勢いでベースの間を抜け、芝生の上を滑ってゆき、追い掛ける外野手たちは最早小さな黒い影にしか過ぎず、亀山の打ったボールだけがカクテル光線の祝福を浴びていた。男は声のかぎりに叫び声を響かせ、肺が空っぽになっても尚嗚咽のようなものを漏らし続け、髪を振り乱し、身悶えした。とっくに次のパチョレックが打席に入っているのに、男の恍惚は長く尾を引いた。彼に比べれば、博士の応援の方がずっとまともだった。(小川洋子「博士の愛した数式」より)


 ここがとても好きだ。これまでの小川洋子作品には、このように外の現実とじかに接し、描写する文章はあまり見られなかったように感じる。というか、むしろそれを避けることで作品世界をつくっていた印象がある。もしかしたら小川洋子はこの作品を書いたとき、ちょうど野球観戦で初めて外の世界に触れた博士と同じように、作家としてのキャリアのなかで初めて書く領域に思いがけず踏み込んだのではないだろうか。そして、そこを迷いなく書ききったことがこの作品に魂を与え、結果として作品を成功に導いたのかもしれない。そんなことを考えたりした。

 来春には映画が公開されるようで、観に行くつもりだ。誰かは、博士役に寺尾聡というのはいささか若すぎるのではないかと言っていたが、どうでしょう。
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by pacific_project | 2005-12-27 00:14 | 読書

Book Baton


july,july,julyのlungs_okさんから回ってきたBook Batonです。
やってみます。

1.持っている本の冊数

7~800冊ぐらいです。正確な数はわかりません。

2.今読みかけの本 or 読もうと思っている本(既読、未読問わず)

■森永スポーツ&フィットネスリサーチセンター編
『忙しい人のための簡単にできる10分間トレーニングがわかる!』
(森永製菓株式会社健康事業部)


長編小説を書くには持久力が不可欠であると痛感し、ちょっと前から運動をはじめてます。
本格的なプログラムづくりの本も並んでいたけれど敷居が高くて、
あるいはカジュアルにと「モテるための身体づくり」みたいな本を手に取ると
写真が多すぎてまぶしくなってしまい、結局おだやかでお手軽な入門書を。
ストレッチは癖になります。

3.最後に買った本

■保坂和志『小説の自由』(新潮社)

小説について書かれている本にはよく、小説家になりたかったら小説作法なんか読むな、
ヘボになるみたいなことが書かれていて、そのときは、よし、そっか、もう読まないぞ、
なんて思うのですが、いつの間にかそれなりに手が伸びています。
でも、こうした本には書き手の小説に対するなみなみならぬ思い入れを感じられることがあり、
この本にもそんな期待をしています。

4.特別な思い入れのある本、心に残っている本5冊(まで)

■『暮らしの知恵・アイデア大百科500』(タイトル不正確、出版社不明)

小学校低学年のころ団地の集会所に図書室ができて、
そこでなんとなく借りてきたら母がひどくほめてくれて、本っていいなと思いました。
一つだけ、知恵を覚えています。
近くに水飲み場がない状況で、喉の渇きをうるおす方法。

1、ちいさな、できるだけ丸い石を拾いましょう。
2、石を洋服の端などで拭いて、きれいにしてください。
3、石を口のなかに入れてなめれば唾液が出て、乾きがおさまるでしょう。


■安房直子『魔法をかけられた舌』(岩崎書店・フォア文庫)

改めてよさを発見しつつある童話作家の作品です。
昨年出た作品集の71編中でも、いまのところ「青い花」がベスト。
こないだ、この作品からインスパイアを受けた短編を書きました。

「海の色ににているわ」
「うん、ぼくもそう思ったよ」
「このかさをさしていると、まるで青い屋根の家の中にいるみたい」
「ああ、ぼくもそう思った!」(「青い花」)


■イーサン・ケイニン『宮殿泥棒』(文春文庫)

三年以内に関心をもって読むようになったなかで、印象深い作家の一人。
新作がなかなか翻訳されないのですが、柴田元幸の解説によれば、
この短編集が現時点での最良の出来だとのこと。
作品に描かれる兄弟関係は、中上健次や色川武大の作品をちょっと思い出します。

「セルヴス」とクライヴは言って、にっこり笑った。「挨拶の文句だ」。
クライヴは片手を僕の肩に置いた。「セルヴス」ともう一度クライヴは言った。
「セルヴス」
「気分はどうだ、弟?」
「すごくいい」
「俺たちの辞書、見つけたんだろ?」
「ううん。探しもしなかったよ」(「バートルシャーグとセレレム」)


■J・アーヴィング『ホテル・ニューハンプシャー』(新潮文庫)

J・アーヴィングがディケンズについて書いた「小説の神様」(『ピギー・スニードを救う話』所収)
を読んで、長編を書きたい思いが高まっています。この『ホテル・・・・・・』のような。

恋もまたソローと同じように沈むことなく漂い続ける。
そしてそれが正しいなら、恋はたぶん別の点でもソローに似ているであろう。


すこし前にぼくが留守のあいだ甥が部屋に遊びに来ていたようで本が数冊散乱していて、
そのなかに『ピギー・スニードを救う話』も転がっていました。
すぐそばに落書きを描いたコピー用紙が数枚。
その一枚に本の絵が描いてあり、表紙に「ヨニー・スイートをさがせ」とありました。
そういうタイトルもいいなあと思い、いまもこの本にはさんであります。

■中上健次・村上龍『ジャズと爆弾』(角川文庫)

中上健次は初期の短編に思い入れがあるのですが、対談を読むのも好きです。
『限りなく透明に近いブルー』でデビューして間もない村上龍のトンガった感じと、
先行作家としてそれに合わせようとしながらもあまりに文学的な中上健次とのズレが、
やんちゃに言葉を重ねるうち徐々に溶け合っていくさまがすばらしい。

そういえば、中上健次は1985年11月に朝日ジャーナル誌上で
J・アーヴィングとも対談をしています(「小説に今こそ物語(ナラティブ)の復権を」)。
そのなかで中上健次は、日本ではJ・アーヴィングは「洒落た都会派」のイメージが強い、
なぜなら紹介した人たちがそういう人間だからだ、と述べたうえで自分の見方を語ります。

中上:アービングさんの小説は過剰な物語というか、
過剰な思い入れとかシンパシーが詰まっていて、体温がとても高いと思います。


85年といえば、J・アーヴィングの邦訳はサンリオの『ガープの世界』のみですが、
アメリカでは『サイダーハウス・ルール』が出版され、
日本では村上春樹が『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を発表しています。
中上健次はすでに大作『地の果て 至上の時』(83年)を書き終えていました。
対談自体はさほど盛り上がっていないのですが、
20年経ったいま、この時期のことを思いめぐらす手がかりになり、ちょっとワクワクします。

5.次にまわす人5人まで

では、a fragment of journeyのakno3さん、よろしくお願いします。
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by pacific_project | 2005-07-09 01:39 | 読書

アーヴィングによれば

b0005668_10105958.jpg6月30日の読売新聞に、J・アーヴィングのインタビューが載っていました。

私にとっては筋立てがとても大切だ。私の関心は読者の感情を揺り動かすことにある。私はインテリではなく物語の語り手だ。芸術家ではなく職人だ。小説も家を建てるように書く。

いつもながら、小説に対する考えが明快です。
未亡人の一年」(新潮社)原作の映画『The door in the floor』が、この秋に日本公開されるようです。

楽しみだ。
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by pacific_project | 2005-07-03 22:26 | 読書

対岸

角田光代『対岸の彼女』((文芸春秋、2005年)を読んだ。

対岸。彼岸ではなく、対岸。
文学とは彼岸に思いを馳せること、死者の声に耳を傾けること。そこから作家の真の言葉は生まれてくるのだ。そんな誰かの声が聴こえてくる気がするのだが、その声自体、どうやら死者が発したもののようだ。さて、どうしたものか。ここは一歩、足を踏み出してみることにしよう。

私がべつのだれかだったら、とくりかえし考える小夜子が川の向こうに見るのは、たとえば吉本ばななの名作『ムーンライト・シャドウ』(『キッチン』所収)のように、現実の世界では二度と会うことのできない相手(死者)ではない。そうではなくて、もしかしたら自分もそうだったかもしれない、ごくごく近い、生身の他人たちである。その他人によって、自分では何も選べないと感じていたはずの自分の、そうでしかありえなかった轍がはっきり現れてくることになる。対岸に思いを馳せ、生きている他人の声を聞き取ろうとすることから生まれたのだろうこの作品に、静かだが強い想いが渦巻いているのを感じた。傑作。

読んでいる最中、以前『グランド・フィナーレ』受賞のときにこのブログで触れた先輩が、カラオケでよく憂歌団のデビュー曲「おそうじオバチャン」(放送禁止になった)をシャウトしていたことを思い出した。こういうさりげない曲の匂わせ方っていいですね。あと、今回の芥川賞受賞作『グランド・フィナーレ』にはちーちゃん、直木賞受賞作『対岸の彼女』にはチーちゃんという名の人物が出てきて、そのせいでくらもちふさこ『東京のカサノバ』を読み返した。ちい兄ちゃん。思いがけない連携プレーだった。
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by pacific_project | 2005-04-24 23:59 | 読書

桜が咲きましたね。
安房直子「季節をめぐる話」(偕成社、2004年)所収の「緑のスキップ」を再読。

桜林に番兵のみみずくがいる。満開に咲いた桜の下で花かげ、という桜の精を見つけて以来、桜が散ってしまわぬよう、毎晩大きな目を光らせている。おかげで林の桜は長いあいだ美しく咲き続けているのだが、一雨降ったのち、みみずくがふと眠くなってうとうとしかけたとき、どこからか、トット、トット、と奇妙な足音が聴こえてくる。初夏を告げる緑のスキップが、桜林に侵入してきたのだ。ただごとじゃない、なんとしても眠るまいときつねにとびきり苦いコーヒーをつくってもらい、見張りを続けるみみずくだが――。

昨年、安房直子の作品がまとめて安房直子コレクションというかたちで復刊されて、読めるようになりました。子どものころ好きな作品集があって、くりかえし読んでいたのでうれしい。無駄のない文章で、でもどの作品にも遊び心、適度な意外性があって、するすると引き込まれる。今度、甥と姪に教えよう。
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by pacific_project | 2005-04-08 00:57 | 読書

雪で思い出した

今日はほんとうに寒かったですね。

今日の雪である短編を思い出して、帰ってから読み返したらやはりよかった。アイザック・B・シンガー『お話を運んだ馬』(岩波少年文庫)に入っている「ワルシャワのハヌカ前夜」という作品。

舞台はワルシャワで、主人公はお話をつくるのが好きな7歳の少年。ハヌカ(毎年12月にあるユダヤ教の祭り)がはじまる前の日で学校の授業が早く終わり、いつも送り迎えしてもらっている先生に用事があって一人で家に帰ることになる。だが、激しく降る雪のせいで、街が見慣れない景色と化してあっという間に迷子になる。見知らぬ大人に声をかけられ、咄嗟に自分はみなしごだと嘘をついてしまう少年。そして、その嘘をきっかけにボタンが掛け違えたようになり、少年は自分がもう、このまま家出をするしかないんだと思いこむ。胸に生まれたその想いをふくらませて、気になっている少女の家をこっそりと訪れ、彼女に一緒に家出しないかと持ちかけるのだが・・・・・・。

アイザック・B・シンガーはユダヤ系アメリカ人で、イディッシュ語で書いた作家。この作品集は児童文学として出されているが、子どもの頃ではなく二十歳をいくつか越えてから読んだ。家族の描き方をはじめ、読んでいて親近感が湧き、夢中になって翻訳された作品をまとめて読んだ時期がある。なかでもこの作品集は特に好きで、何度か読み返している。同作品集内「おとなになっていくこと」「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」もいい。
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by pacific_project | 2005-03-04 23:59 | 読書
芥川賞に阿部和重、直木賞に角田光代の両氏
第132回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が13日、東京・築地の「新喜楽」で開かれ、芥川賞に阿部和重さん(36)の「グランド・フィナーレ」(群像12月号)、直木賞は角田光代(かくたみつよ)さん(37)の「対岸の彼女」(文芸春秋)に決まった。(毎日新聞)
大学に入った年だから94年、阿部和重が「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞してデビューした。当時の選考委員の柄谷行人と後藤明生が絶賛した作品だった。なぜよく覚えているのかというと、私を映像サークルに誘ってくださった当時4年生の先輩Oさんが飲みの席で「ぼくらは『アメリカの夜』のような小説を書きたかったんだよ」と話していて、それがきっかけで「アメリカの夜」を読んだからだ。ぼくと言わずに、ぼくらと言ったと思う。間をおかずに、先輩がサークルの部室に置いていった卒業制作の小説を読んだのだが、私にはその二作品は、まったく異なる世界のように思えた。

Oさんの卒業する前に、いちどだけ小説を読んでいただいたことがあって、先輩は感想とアドバイスを書いた手紙をくださったのだが、私はその手紙を事あるごとに読み返している。その手紙には、小説を書くときの心構えとでもいうべきものがいくつか記されていて、ついさっきも読み返してみたのだが、今でも私はそれらを自然と守っている。こういうことはずっと忘れない。卒業後、時計店で働いていて小説を書いている、ということを誰かから聞いたのだが、いつかお会いできるときがきたらお礼を言いたい。そして、また小説について話をしたいと思う。
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by pacific_project | 2005-01-13 23:29 | 読書
安野モヨコ「働きマン(1)」(講談社、2004年)を読んだ。

これは、現在の日本の社会でちゃんと働くことを肯定しようとする漫画だ。主人公松方弘子(28歳)は世界的に売れる雑誌をつくりたいという野望をもっている編集者。仕事モードになると「男スイッチ」が入って、恋愛も衣食睡眠もそっちのけで完全な仕事人間と化す。この松方を軸に、編集長や上司、同僚や後輩、松方の恋人のそれぞれの仕事ぶりが描かれる。

最初の章「女の働きマン」からの引用。仕事は「やりたい事をのんびりと、楽しくやる」のがモットーだが、まだ社内で使い物になっていない新人田中邦男(22歳)と松方とのやりとり。

田中「オレは『仕事しかない人生だった』そんなふうに思って死ぬのはごめんですね」
それもある/それも多分あって/確かにそのとおり/でも
松方「あたしは仕事したな――って思って死にたい」
一方を否定するのではなく、態度を書き分けながらも何かを伝えようとしている。「ハッピーマニア」では、タカハシ以外の男キャラクターのだめさを斬ったまま放っていた著者だけれど、この作品では人物それぞれに愛情を注いでいる。田中はまだほんのさわりで、この後働くことの哀しさを痛感しながらそれでも働く女たち、男たちが続々と登場する。缶コーヒーのCMでは決して表現し尽くせない、働く現場のリアリティがある。

松方が新しく担当になった小説家に、それまでの作風とはまったく趣の異なる作品を提案し、話題の作品をつくる「振り向きマン」の章が特によかった。過去にとらわれずに目の前の仕事に全力を尽くすことで進んでいく著者の前向きな態度を感じた。主人公の松方、職業こそ違うが親友のSと性格がそっくりで(本人も否定しないと思う)、他人とは思えない。次巻が楽しみ。
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by pacific_project | 2004-12-27 03:05 | 読書
山田ズーニー「あなたの話はなぜ『通じない』のか」(筑摩書房、2003年)を読んだ。タイトルに惹かれて読んだのだが、予想以上におもしろかった。

勝ち負けとか、金持ちとか貧乏とか、バカとか利口とか、ネガティブとかポジティブとか、わかりやすい座標軸を提示したうえで能率をあげるための精神論・技術論が書かれたビジネス・自己啓発書は多い。だが、社会で生きることの困難さとは、そういう座標軸が意味を失った地点で、自分の言葉がまったく通じなくなることからはじまるのかもしれない。この本は、小さな勝ち負けではなく、社会のなかでなるべく等身大に近い人間として生きていくための技術を伝えることに主眼を置いている。そこがほかの類書と違い、そして興味深いところだ。

社会には本当にさまざまな人がいて、そのなかでのコミュニケーションのルールというのは、どうやら万人に共有されているわけではなさそうだが、確かにある。だが、目には見えないし、誰かが教えてくれるわけでもない。同世代だからわかりあえるというのとも違う。たとえ親切そうに教えてくれる人がいても、それが正解だという保障があるわけではない。ほんとうに、難しいのだ。

この本のなかで書かれている言葉には、その難しさと向き合いながら生きてきた人のもつ説得力がある。扱われている例からも、著者が現在の社会のなかで呼吸している感じがびしびしと伝わってくる。自分もまさに同じような失敗をしている、とうなずける部分が多く、共感できた。仮にこの本を、現在の社会の空気を捉えた小説と考えて読んだとしても、充分におもしろいと私は思う。
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by pacific_project | 2004-12-23 23:15 | 読書
美輪明宏「愛の話 幸福の話」(集英社、2004年)を読んだ。

正確に言うと読んだのはしばらく前で、親友のSに貸していたのだが、途中まで読んだらしいSは案の定気に入ったようで、「あの本、売ってくれない?」と言うので、あげることにした。
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by pacific_project | 2004-12-18 00:00 | 読書