航海日誌


by pacific_project
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カテゴリ:日誌( 94 )

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現代の生活に溶け込む書作品「ワテキスタイル」とは。

 書を和紙にではなく、テキスタイルに書いたらどうなる?
 そんな思い付きからはじまって、書は、ヨーロッパで古くからインテリアとして親しまれている「ファブリックパネル」の中に飛び込んだ。初の個展「ワテキスタイル」を白楽で開催中の書家・下原資翠と、その制作に携わった建築士・GLAMPOTに話を聞いた。(聞き手:太平洋プロジェクト編集部)

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by pacific_project | 2007-02-18 00:29 | 日誌

ごぶさた

 ごぶさたしています。お元気ですか。
 年も明けました。遅れましたが、本年もよろしくお願いします。
 夏以来の更新。ここのところ、随分いそがしくしていました。

 しかし!
 何もしていなかったわけではありません。
 誰かには幽霊プロデューサーと言われながら、
 昨年より進めてきた企画がついにはじまります。

 続きは明日。
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by pacific_project | 2007-01-27 23:53 | 日誌
夏帆初主演…人気漫画「天然コケッコー」映画化
少女漫画界の大御所、くらもちふさこさんの代表作「天然コケッコー」が、「三井のリハウス」のCMなどで人気急上昇中の女優・夏帆(15)主演で映画化されることが16日、分かった。島根の田舎に暮らす少女の初恋物語で、くらもち作品の映画化は初めて。昨年、「リンダ リンダ リンダ」で注目を集めた若手の山下敦弘監督(29)が演出を担当する。(以下略、スポーツ報知)
 見出しが目に入ってきておろおろした。うーん、こわいです。
 もちろん期待したいですが、果たして、映画で表現できるのか? そんな不安が頭のなかをかけめぐる。今月25日から島根でクランク・インということ。
 興味をお持ちの方で、もしまだ漫画を読んでいない人がいらしたら、公開前に読むことを強くおすすめします。リスクヘッジというのかな、おそらくそのほうが・・・・・・。
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by pacific_project | 2006-07-18 22:22 | 日誌

花火大会前夜

ごぶさたしています。もう、すっかり夏ですね。
沖縄にでも行きたいなと思って、テンプレートを変えてみました。
セブンイレブンで売っている黒糖モナカがおいしいです。
筋金入りの沖縄好きである某氏は元気でしょうか。

しばらく前から一人暮らしで、最近はよく料理をしています。
レパートリーが増え続けていて、主夫になれそうな勢い。ならないけどな。

さて。明日山下公園にて、花火大会が行われます。19時半から。
みなさん、ぜひお越しください。
ただしどんな場所でもものすごく混むので、覚悟のうえで。
虫除けスプレーがあるといいですね。

花火といえばずっと前、学生の頃、線香花火を扱った映画に出演したのを思い出した。
公園のなか、一人でひたすら花火をし続ける役でした。
それから自分自身でも、花火や線香花火の出てくる短編を書いたことがあります。
伝書鳩の脚に結び付けられているのが手紙じゃなくて導火線で、
夜空に美しくはじけるのを父と子が窓から眺めている、という話。
花火には、作品をつくる気にさせる何かがあるのかもしれません。
アウトプットしたいと思っている人も、花火大会に来るといいんじゃないのかな。

ではでは。
明日横浜を訪れるみなさんに、よいことが起きますように!
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by pacific_project | 2006-07-15 17:20 | 日誌
 ウェブ上のニュースメディア「ヨコハマ経済新聞」の5月28日の特集記事で、編集に携わっていたトリエンナーレ市民報告書が紹介されました。報告書で編集長という立場を与えていただいたこともあり、取材を受け、コメントが掲載されました。

トリエンナーレは横浜に何を残した? 市民報告書で読み解く2008年への課題
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by pacific_project | 2006-05-28 20:37 | 日誌

過剰本質ってなんだ

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 太平洋プロジェクトではいま、コラボレーション企画が動いている。それはオリジナルの書をファブリック(布)に書いてパネルにしてみよう、というものだ。時間をかけてやっているのだが、これがなかなかおもしろいことになっている。打ち合わせするたびに発見があり、広がったり深まったりする。(写真はラフ)

 メンバーは手描きの洋服デザイナーで書を書いているSと、幼なじみで建築士のA。Aが趣味でファブリックパネルを作っている。同世代で横浜出身で通った高校まで同じ、と共通点は多いものの、それぞれ社会に出てから短くはない年月が経っているから、使っている言語はかなり違っている。
 そこで、自分はそれぞれの狙っている方向を接続するような役割ということになる。それは具体的には、特に何もしないでその場にいて、「ただおもしろがっている」ということだ。
 
 そういうときに、~はこういうのをやったらどうか、と自分から生まれるアイデアはなぜか大抵つまらない。たぶん、自分がプレイする立場にいないからではないか。それよりプレイする人それぞれの見地から具体的に思いついたものを実現させたほうがはるかに力強い。そういうことがわかってから、こんなときには自分はおもしろがって話を聞いていればいいのだと思うようになった。もちろん自分がプレイするときには逆になるのだが。

 それでこないだメールでやりとりしていておもしろかったのは、Aの「過剰本質」という言葉だった。日によって自分の書が変わっていく、とSが書いたそのレスで、建築用語でもないのだろうが、「過剰品質」になるより「過剰本質」をめざすほうがいいんだ、太平洋ではそういうふうに作りたい、とAは書いていた。
 
 まず、過剰でやろう、というのがおもしろい。普段Sは組織のなかにいて、限られた時間と予算内で最大限の力を出すようにして、商品であるTシャツに手描きで絵を描いている(はずだ)。そこでは安定した品質は求められるだろうが、なにか過剰なものが必要とされることはたぶんない。というか多くの場合、過剰は切り捨てられるものだろう。それと同じことを、自前の企画でやる必要などない、ということだ。
 
 次に品質と本質についてだが、表現においては本来的には、本質をどれだけ正確に伝えるかをめざす態度が品質志向である、と言えそうだ。本質をメッセージと言い換えてもいい。しかし、既存の品質の方法論や美的感覚にからめとられてブレーキがかり、本質にたどり着けなかったりすることはよくある。そうなると、どれだけ質は高くても響かないものができあがるし、作り手にも不全感が残る。
 そこに陥るべきではない、とAは言っているのだと思う。表現においては、本質を求めて自分の手綱が断ち切れるようなところまで行く。自分で抑えない、やりすぎている、と思うぐらいまで行ってしまっていい。そうすることで結果的に新しいもの、美しいものが生まれる、かもしれない。その力を愚直に信じるということ。

 そういうことだ。楽しみになってきた。
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by pacific_project | 2006-05-28 00:50 | 日誌

ある夜のカレー

 最近、自分がいんでぃらのカシミールチキンカレーを好きであるということに気づいた。いつの間にか、かなりの回数通っている。急に食べたくなる。癖になっているといってもいいほどだ。気づいたらうまくなじんでいた、という感じ。蕎麦屋もそうだけれど、街のなか一人で入れるこんな場所はたいせつだ。

 こないだも仕事帰りに思い立って、有楽町店に寄った。
 食券を買ってカウンターに座って店主に渡すとすぐに出てくる。うん、そうそうこれ、このスパイス。チキンもルウとぴったり合っていて。にんじんやじゃがいもが丸いのもたのしい。おいしさが安定しているから、気持ちが落ち着いてくる。あー、来てよかった、と思う。少し前からパク森を意識したようなキーマカレーがメニューに加わっていたが、そういうことをしなくてもいんでぃらにはカシミールがあるからいいのにな、と思う。

 しかしそのとき、隣の男女二人がなにやら語っているのが耳に入ってきた。ヨーロッパにおけるカレーの歴史というのは、云々。あたしがロスにいたころは、云々。まさか、と自分の耳を疑った。ここはいんでぃらなのだ。カウンター6席程度のちいさな店だ。二人の会話はかみ合っておらず、お互いに自分が興味あることを話しているのみ、という印象。ちらっと見てみる。二人とも、カレーが全然進んでいなかった。

 チキンを口にほおばりながら、気分がみるみるさがってくるのを感じた。せっかくの夕飯なんだ、おいしくカレー食べさせてくれよ、と哀願をこめた光線を送ったものの、彼らに届くことはなく、会話は続いた。店員の一人がどこか落ち着かない様子で裏に引っ込んだ。仕方なく、さっさと済ませて出てきてしまった。まあ、もともと長居するような場所でもないけれど。

 一人でも誰かと一緒でも、食事は楽しみたいなあ。いい時間にしたい。
 まあいい。そのうちまた行こう。
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by pacific_project | 2006-05-26 02:27 | 日誌

ぽえむ・ぱろうるが閉店

さよなら「ぽえむ・ぱろうる」
日本初の詩の本の店として開業し、多くの詩人や詩の愛好家が足を運んだ豊島区南池袋の「ぽえむ・ぱろうる」(西武百貨店書籍館3階)が、今月末で34年の歴史に幕を下ろすことになった。同店には、閉店を惜しむ多くのファンが全国から駆けつけている。(読売新聞より、以下略)
 ぽえむ・ぱろうるには20代前半から後半にかけて、ときどき立ち寄った。棚全体に文学のオーラが漂っており隙がなく、行くとしゃんとして気合が入り、かつ安心した。池袋というにぎやかな街のなかで落ち着ける数少ない場所のひとつだった。かかわっていた同人誌を置かせていただいたことがある。

 いつも空いていて、せまい空間にもかかわらず椅子があり、詩を拾って読むのにちょうどよかった。吉増剛造「花火の家の入口で」。松浦寿輝「口唇論」。岡田史子の作品集はここで読んでしまったのではなかったっけ。まだ、ジュンク堂が池袋にできていないころだ。

 職を探してぶらぶらしていたとき、ふと思いついて店のひとに働けないかと訊ねたこともあった(いまは募集していません、と断られた)。
 お世話になったこの書店がなくなってしまうのはやはりさびしい。どこかにかたちを変えて残ることはあるのだろうか。いずれにせよ、閉店前にいちど足を運びたい。
 
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by pacific_project | 2006-04-28 00:42 | 日誌

ごぶさた

 もうそろそろいいか。
 書きはじめよう。
 ごぶさた。桜、散っちゃったねえ。
 でも、きのうの明け方にみた八重桜、きれいだった。

 いまの気分?
 しばらく会ってないひとに、とるにたらない近況をだらだら話したい。
 めがねをつくったこととか、いま新しいことにとりかかっていることとか。
 流行の渦中になってからめがね男子の仲間入りなんて、かっこつかないよなあ。
 セント・ジェームスのボーダーTシャツとめがねは自分には似合わないって昔からの考え、
 別に曲げたわけじゃないんだ、ただ仕事で目をやられちゃってさ。
 言い訳がましく聞こえるかよ。
 
 めがねは元町の老舗の店で。
 あ、言っちゃった。
 さりげなく伝えるつもりだったんだけど。

 いろんなことを話さないまま出来事が増えていって、季節はくるくる変わる。
 でも、あなたもわたしもなんとかやれている。それでよし。
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by pacific_project | 2006-04-15 21:49 | 日誌

「沖で待つ」

 芥川賞を受賞した絲山秋子「沖で待つ」を読んだ。

 通勤電車のなかで読み始めて数行で鼻のあたりがつんとして、やばいなと思った。案の定、ページをめくるたびに涙がぽろぽろ流れてきた。鼻をすすりすすり、かろうじて浜松町で降りて山手線に乗り換えた。

 総合職女性が初めて文学になった、ということであるが、男女問わず働く社会人なら共感できる内容だ。かつ、働くことを躊躇するような若い方が読んでもすんなり入れる入り口がちゃんと用意されている。むしろ、丁寧に作りこまれたポップ・ソングであるように感じたが、いかがだろう。

 絲山秋子は小説だけでなくエッセイもおもしろい。小説現代という雑誌に載っているエッセイ「絲的メイソウ」はキレがあって、楽しみにしている。

 そういえば、昔読んだ漫画のなかに「おまえはまだ沖にすら出ていない」というネームが出てきて、当時グッときたことを思い出した。ずいぶん時間が経ったのだなあ。
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by pacific_project | 2006-02-10 23:28 | 日誌