人気ブログランキング | 話題のタグを見る

航海日誌


by pacific_project
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

一つの仕事が完結する前に

おととしの十月から出版社で校閲の仕事をしていて、創刊から携わっていた雑誌が来月ようやく完結することになるのだが、次に進む前に忘れずに書きとめておきたいことが一つある。それは、チームをまとめていたMさんに、普通では考えられないほどお世話になったということだ。Mさんは三十代半ば、職場のなかで最も忙しい人の一人で、常にいくつもの仕事を同時に抱えている職場の中心的存在。そのMさんが、経験がなく何の使いものにもならなかった私に、仕事をしながら必要なことを基本から指導してくださったのだ。

Mさんの仕事に対する姿勢からさまざまなことを学んだと思うが、なかでも最も鮮やかに刻みこまれたのは、人との「信頼の築き方」だった。じつは仕事をはじめて間もない頃、一つ戸惑ったことがある。同じ職場の方に対して、Mさんが面と向かって相手に対してのドギツイ冗談を言うのだ。目上の方が相手でも、ズバッと懐まで踏み込んだことを言う。状況を全く知らない人が聞けば、暴言として相手に響きかねない内容を含んでいる。だが、言われた相手はおかしそうに笑っているし、同じぐらいドギツイ答えを返したりもしている。いったいどういうことなのかと、正直、少し不思議だった。これまでそういう経験をしたことがなかった。

しかし、仕事をしながらも観察するうち、Mさんが抱えている仕事や立場を飛び越えて、実に多くの方と親しく関係を築いていることを私は知った。職業柄、とても静かな職場なのだが、笑いが起こるところにはほとんど必ずMさんがいて、場がほどよく和やかに保たれている。それであるとき、すとんと納得がいった。Mさんは笑いによって、職場全体の明るいムードをつくっているのだと。だが、ならば冗談はドギツイ必要があるのだろうか? と思う人がいるかもしれない。それについて、私は最近になってようやく身体でわかってきた気がしている。Mさんは、相手の懐まで踏み込むことで、心理的な壁を取り除いている。その笑いが目指すのは、ちょっとやそっとでは崩れない確かな信頼を築くことなのだ。事実、職場の方々はみな全面的にMさんを信頼していて、Mさんは常にそれに応えている。Mさんが仕事を振られて断っているのを、私は見たことがない。当然のように引き受けて、後で小さく「・・・・・・おれを殺す気かよ」とつぶやいていたことはあるけれど。そんなMさんから教わりながら仕事をさせていただくことができて、私はほんとうに幸運だったと思う。

Mさん、一年半近くのあいだありがとうございます。覚えが遅くてなかなか技術が追いつかないうえ、特に、太平洋プロジェクトのための小説の執筆が重なった期間中など、本来決してあってはならないことですが、ご迷惑をおかけしたことがあるように自覚しています。もしもMさんがフォローし、辛抱強く気にかけてくださらなかったら、私はとっくに職を失っていたのだろうし、そうなっていれば作品を完成させることだってできなかった。依然として使えない、かつ気遣えない人間ですが、Mさんから学んだことを次に生かし、少しずつレベル・アップしていきます。Mさんのますますのご活躍を楽しみにしています。これからも仕事はもちろん、趣味の時計やさまざまなことを教えてください。今後とも、よろしくお願いします。
by pacific_project | 2005-01-11 22:15 | 日誌